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<title>沈まぬ太陽〈5〉会長室篇(下) (新潮文庫)</title>
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<description>とにかくよく売れて話題にもなった本作品。私はある人から「決して読んではいけないとんでもない（悪い）本」と言われておりました。一方で、「あんなに面白い本はない」とか「感動できる本」とか言う友人たちもい...</description>
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とにかくよく売れて話題にもなった本作品。私はある人から「決して読んではいけないとんでもない（悪い）本」と言われておりました。一方で、「あんなに面白い本はない」とか「感動できる本」とか言う友人たちもいて、あの本は一体なんなんだ？と思っておりました。
今回、最終巻を読みおえて全編通しての真っ先の感想は「よくもわるくも話題になる本なのだろうな」というものでした。率直にいえば、「毒とするか薬とするか、読者次第」といったところでしょうか。
この大作は、主人公と彼を取り巻く味方も敵もともに、不条理を強く感じさせる結末を迎え完結します。これまで徹底的に善悪でキャラクターを書き分けてきただけに勧善懲悪的な結末も期待したのですが…読後感は最低でした。
それにしても著者は本作品を通じて何を世に問いたかったのでしょうか。「勇気とは、良心とはなにかを問う」とか書いていますが…そんな内容？私の感受性が足りないのでしょうか？
最後までひっかかったのは「ノンフィクションノベル」という形態。モデルといわれる某航空会社の告発本であればすべて実名のルポにすべきだし、小説と謳うのであればせめてモデルが特定できないような登場人物名にすべきでしょう。フィクションとノンフィクションの境界があいまいなため、事実誤認もしくは風評被害も起こりえるし、何よりも事実を伝えたいという目的が純粋に果たされないのでは？
本作を読まれる方には是非、「やっぱりあの航空会社はとんでもない会社だ」とか、そういうリアルなことを考えずに、単なる娯楽作品として（といっても楽しいストーリーではないですが）読んでほしいです。
いまいち恩地に共感できなかったアフリカ篇、被害者・遺族の悲惨さに涙なく読み薦められない御巣鷹山篇、国民航空・政官界の腐敗
を告発するかのような圧倒的な迫力の会長室篇と各篇とも印象となるが、全般を通して十分に楽しめる内容であった。

接本書に関係することではないが、悪質な不正の温床として描かれた国民航空のモデルとなった航空会社はもとより、理想に燃えた
聖人君子のような国見会長がいた関西紡績のモデルとなった会社も経営破綻してしまっている。
現実はいつでも創作を超えるような驚きを与えてくれるものだと改めて感じた。

現在、経営再建中の日本航空やその会長に就任した稲盛氏はどのような驚きを与えてくれるのだろうか。
良い驚きを与えてくれることを切に願う。 読み終えて思うのは、主人公の一貫した姿勢と、会社の腐敗した
構造という構図であるが、主人公対会社という構図の中で会長を正義感に
もえる善人にしてしまったのは、単なる著者の関西びいきであろうか？
 会長の紡績会社が本書で総会屋が書いたように粉飾決算で破たんしてしまった。
 著者は紡績会社の破たんまで予測していたのであろうか。
 まさに事実は小説より奇なりである。映画化で話題となったという理由で手に取った。
映画では御巣鷹山の事故が中心に取り上げられているが、本作は腐りきった企業体質と利権を巡る泥沼劇が中心であり、しかも本質は変わることなく生き続ける企業の姿が描かれている。

文庫版4，5巻の「会長室篇」は、外部から経営者を招くことで再生を目指すところから始まるが、抵抗勢力や政治家の思惑に振り回され結局好転することなく終わっていく。

折しも日本航空が会社更生法の適用を受けて京セラの稲盛会長が就任したばかりだが、物語の背景当時と似た構図である。

とはいえ、日本航空の置かれている状況は当時よりも厳しい。
今回は再生に向かうのか、それとも歴史は繰り返すのか、今後の動向が非常に気になるところである。山崎氏の圧倒的な取材力によって、本当に読み応えのある作品でした。
あまりのリアルさに引き込まれる様に５冊を立て続けに読破しました。
それにしても国民航空（日本航空）と自民党政権、官僚の常軌を逸した癒着・利権の実態には震え上がりました。。ありえない。
もう無茶苦茶すぎて、とても企業の体をなしえていない。完全に反社会集団です。
日航ジャンボ機墜落のときは小学生で、強烈に記憶に残っておりあれ以来、今社会人で出張に行くのにも絶対にＪＡＬには乗らないようにしてきましたが
本作であらためて、完全に腐っている企業実態をはじめて知り、言いようの無い怒りを覚えます。
くしくも、ＪＡＬは破綻しましたが本作を読む限りあたりまえの結果のように思えます。
個人的な考えですが、こんな輩が巣食う企業に税金投入で救済なんてありえないと思います。
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<item rdf:about="http://4bookshop.book-reads.com/detail/02/410110428X.html">
<title>沈まぬ太陽〈3〉御巣鷹山篇 (新潮文庫)</title>
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<description>８５年に起きた日本航空機墜落事故をなぞった第３巻。
この事故に関するドキュメントはたくさん読んできたので、書かれている内容はほぼ事実（調査結果）に即していると思います。また、事実関係や報道内容などは...</description>
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８５年に起きた日本航空機墜落事故をなぞった第３巻。
この事故に関するドキュメントはたくさん読んできたので、書かれている内容はほぼ事実（調査結果）に即していると思います。また、事実関係や報道内容などは事故をほぼすべて網羅していて、その調査力には率直に頭が下がる思いです。そういう意味では、この第３巻だけは小説ではなくドキュメントといってもいいでしょう。
主人公の恩地はアフリカ帰任後の閑職から事故現場の最前線に送られ、遺族対応に追われます。実際に日航社員も同じように遺族と向き合ったのでしょう。５２０人という多くの命が一瞬にして奪われた大惨事。多少フィクションが入っていたとしても、当時の様子が手に取るように分かり胸が痛みます。
著者はとにかく御巣鷹山のことが書きたかったのかな？小説として考えた場合、この第３巻がなくても作品としてなりたつと思いますが…御巣鷹山編だけをドキュメントとして世に問うたほうが正当な評価を受けたように思います。小説の形をとって読者の印象を増幅させるような手法はなじまないような気がします。本篇の主人公は恩地ではなく、日航機墜落事故の被害者・遺族である。
被害者の実名がそのまま書かれ、墜落機が落ちていく最中に書かれた遺書、パイロットと管制塔とのやり取りども
実際のままに描かれており、ノンフィクションに近い内容になっている。

実際に事故にあった被害者の恐怖、また残された遺族の悲しみや家庭崩壊の様が生々しく描写されており、
気づけば目頭が熱くなっている箇所も少なくない。
特に残された子供の姿が何人か描写されている部分は非常に沈痛な気持ちになる。
全世界で同様のことがないことを切に願う。１９８５年８月１２日に日本航空のボーイング７４７−ＳＲは群馬県御巣鷹山へ墜落した。

死者は５２０人。

国内最大の飛行機事故である。

事故そのものも衝撃であるが、

事故で家族を亡くした遺族の思いに震える。

遺族とその遺族に真摯に向き合う航空会社社員と

事故をその場凌ぎで片付けようとする航空会社上層部の描写が

なまなましく、そしてもの悲しい。

何度も目頭を熱くさせながら読了した。
 航空機事故がいかに悲惨なものか、残されたものの悲しみは
いかに深いかを著者は切々と訴えている。
 アフリカ編会長室篇と異なり、御巣鷹山編は著者の被害者への
悲しみが深く伝わる本となっている。
 事実が持つ重みはおおきい。日航ってこんな会社だった、こんな悲惨な事故があったとあらためて思い出させる作品。生存者がへリでつりあげられるシーンをちょうどテレビでリアルタイムで見た。
そのときには日航って労組が多くてごたごたしているという噂は聞いていた。生きているのが正直嫌になるときも生きているうちには何度かあるが、そういうとき、この本を読んで、生きたくても生きられなかった被害者の方々のことを思い、生きようといつも思う作品。
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<item rdf:about="http://4bookshop.book-reads.com/detail/03/4087520196.html">
<title>遠野物語 (集英社文庫)</title>
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<description>聞いた話を、「そのまま」に書く。
書き手の主観を悉く廃したその手法が、時代や業界が異なれば手抜きじゃないかと思われるこの手法こそが、金字塔の金字塔たる所以だろう。教訓めいた締めも、気の利いた落ちも無...</description>
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聞いた話を、「そのまま」に書く。
書き手の主観を悉く廃したその手法が、時代や業界が異なれば手抜きじゃないかと思われるこの手法こそが、金字塔の金字塔たる所以だろう。教訓めいた締めも、気の利いた落ちも無く、切り取られた映画の一場面のように記されていく不可思議な話は、その多くが「意味不明である」故にこそ、一層、異様な迫力をもって読む者の心を揺らす。
「貴重な史料」であるのはもはや当然。ここは、想像力を刺激する一級のエンタテイメントと評したい。『遠野物語』です。
『遠野物語』『女の咲顔』『涕泣史談』『雪国の春』『清光館哀史』『木綿以前の事』『酒の飲みようの変遷』を収録しています。
遠野物語は、岩手県遠野地方に古くから伝わっている伝説、民話、昔話などを収集したもの。
天狗、フツタチ、雪女、ザシキワラシといったものたちを、活き活きと描いています。

他の６編は、エッセイというには深く、論文というのは堅苦しくないですが、いずれも日本人の文化について考察した民俗学の文章です。
特に、「歴史は私などの見るところでは、単なる記憶の学ではなくて、必ずまた反省の学でなければならぬのである」という言葉が印象的でした。
 柳田国男が３５歳のとき（明治４３年、１９１０年）に発表した衝撃作。もっとも、発表当時は、あまりに内容が異色だったため、世の中からほとんど無視されたらしい。 すなわち、内容は、平地に住む人（平地人）のことではなく、山に住む人（山神山人）のことに終始する。しかし、柳田氏は、これを「目前の出来事」だ、という。そして、「現在の事実」なのだから、それだけで立派な存在理由がある、と。 さらに、「目前の出来事」「現在の事実」にもかかわらず、人の耳に経ることは多くなく、人の口と筆と倩う（やとう）ことがはなはだわずかだ。「目前の出来事」「現在の事実」を無視しようとするそれらの人々は、「外国に在る人々（献辞）」のようだ。そして、願わくは、それら「外国に在る人々」「平地人」を戦慄せしめよ、と（序文）。 この本には、「遠野物語」の他、「笑顔」「泣くこと」等について書かれたエッセイ６篇を収める。「泣くこと」について書かれたエッセイで、柳田氏は、歴史は反省の学問で、この世の中がどう変わってきたか、何と何とが特に著しく変わってしまったか、考える必要がある、という。そして、そのためには、「前のことを直接見聞している人」が相当数必要だ。そして、その条件に、観察が無私なこと、過去というものに神秘性を感じること、祖父の活き方考え方に対する敬虔な態度があること等をあげる（Ｐ１１３）。柳田氏の研究の方法論を垣間見るようで、興味深い。
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<title>沈まぬ太陽〈4〉会長室篇(上) (新潮文庫)</title>
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これまではとにかく孤独だった恩地が、良識派の外部経営者という支援を得て会長室部長に抜擢されますが、その影で新労組ＯＢ一派の私腹を肥やす裏金作りの実態が浮き彫りにされていきます。著者はとにかく徹底的に善悪を二分し、極端ないい者と極端な悪者として描いています。
それにしても実際の某航空会社ではここまでのことがされていたのでしょうか？国策企業だけに政界との癒着は多かれ少なかれあったのでしょうが、社員による裏金作りなど横行している実態はちょっと疑問に感じるところです。それが事実なら本当に腐った会社といえますが…まぁこの時期から四半世紀経って民営化もされ、多少マシになったと信じたいところです。
ところでつい先日、まさに関西の一流経営者が、それも政府の打診を受けて航空会社の会長になりましたね…会社が抱える問題や戦う相手は作品中の会長とは違うと思いますが、同じ境遇、がんばってほしいところです。
労働組合・関連会社を含む国民航空の組織的腐敗、官僚・政治家の汚職など話はさらに大きくなる中、新たに迎えられた国見会長と
会長室部長となった恩地。
何とか会社を立て直したいという思いもむなしく、様々な抵抗にあい、翻弄されていくのが本篇だ。
本篇はまさに告発本のような内容である。

ただ、いまいち恩地らに強く期待する気にはなれない。
恩地も国見会長も人道主義であり、弱者を救いたいという理想に燃えている点は同じなのだが、一方で、大きな理想を掲げるが、
それを達成するための手段や見通しが甘い点も二人に共通している。
理想はあるが、それを実現する戦略がなく、目の前の課題へ取り組んでいるだけのようにも感じるからだ。
組合統合にしても、関連会社の不正会計処理問題にしてもいかにも上手く以下なそうに描かれているため、それ以上気持ちが入らない
といった印象がある。 国民航空の腐敗構造が少しずつ明らかにされていく。
 著者の創作部分が多いとおもわれるが、一方で実際に経営
破たんしてしまった会社をモデルとしているだけに、会社が
潜在的に持っていた問題点をあぶりだしているのであろう。
 なんと魑魅魍魎の世界たることか。ホリエモンが獄中でこの本を貪り読んだと言う記事をみた。ホリエモンは企業の一社員の経験がないので何を感じたかしらないが、私は大企業に35年働いた。入社当時は赤狩りがあつたのを思い出した。私は年末ＪＡＬ４０５便で貪り読んだ。客室乗務員に”およみになつていらっしゃるのね”と言われ何と言ってよいかしばしためらった。航空史上最悪の墜落事故を引き起こした国民航空建て直しのために関西繊維企業の会長に白羽の矢がたちまちした。一人で乗り込んだ会長に突きつけられたのは、凡そこれまでの常識が通らない底なしの組織腐敗です。読み手は、ここで国見会長と同じ視点に立たれるのではないかと思います。この腐り果てた国民航空を何とかしなければ、という思いが国見会長に託されます。モデルは鐘紡の伊藤淳二氏。国見会長を抜擢した根川首相は中曽根康弘氏。利根川首相の懐刀、龍崎氏は、瀬島龍三氏がモデルです。大派閥の間で抜群の政治感覚で舵取りをする弱小派閥の領袖の政治闘争がこの背景となっています。著者は、取材の鬼といわれている方なので、ここで明かされてゆく国民航空の裏物語はレッグワークが生かされていると思われます。会社勤めの経験のない方は驚かれることでしょうけれども、会社勤めを経験した方ならその腐敗臭は何度か嗅いだことがあると思われます。中でも、労働組合の組織私物化が非常にリアルです。表からは見えない部分ですので、組織で働かなければわかりづらいものです。同じような、社会保険事務所、役所、学校、ＪＲなど親方日の丸といわれるところは特に酷い有様ですが、中央官庁からの天下りという仕来りがいかに組織そのものを堕落させるか、考えさせられました。御巣鷹山事故から１年経ち、午後６時５６分。ご家族と国民航空の有志が、御巣鷹山の死体発見箇所に立てられた墓標のそばに立って黙祷するシーンが印象的です。この崇高な場面と事故直後であっても私利私欲を貪る人たちの姿が実にコントラストを描いています。
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<title>沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下) (新潮文庫)</title>
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第２巻は、主人公の恩地がパキスタンからイラン、ケニアに盥回しにされた時期を中心に描かれます。各地での恩地の奮闘ぶり、そしてそのつど悲惨な目にあう（というか会社に遭わされているのですが）ドラマティック（？）な展開は相変わらずです。本巻では、時々、挿入される登場人物の回想風挿話（アフリカの女王とか、アフリカ原住民の先祖の話とか…）やちょっと冗長な感じを受けました。例えば旅券の手配をした象牙を買いあさる道楽家との接触とか何かの前フリかと思いきや、結局、本編のストーリーにはまったく関係なかったよね？
後半は、恩地が「旧労」の申し立てにより無事帰国の運びに。また、世界各地で国民航空機の事故が発し、次巻の御巣鷹山編に連なるように、国民航空の構造的問題を匂わせていきます。帰国する恩地と墜落事故がストーリー上でどのように交わるのか。次巻へのイントロ的な結末のアフリカ編完結でした。やはり恩地に共感はできない。
労働条件の不平等是正のために会社と戦ったとはいえ、結局のところは、労組対会社という権力対権力の政治的な闘争を行った結果が恩地のっ処遇だからである。あまりにもわかりきった結果だったのではないだろうか？

なぜなら、会社側に大きな権力があることは自明だが、労働組合も（合法ではあるが）ストという行為を行うことにより多大な権力を行使できるようになる。そうなれば、当然の帰結として最終的に権力が上回った方が自分たちの都合のよいことを行っていく。つまり、その結果が恩地の処遇であり、他の労組幹部の処遇であるということである。
最終的な権力という点で絶対的に不利な環境にあることは恩地ほどの明晰さを持っていれば、わかっていたはずだが、それらを振り切ってスト（ましてや首相のフライトの）を行おうとし、最終的に負けた。
その結果が、恩地の海外転勤であり、他の組合員の不遇なのである。
権力闘争の結果であり、あまり同情できないとともに、「もっと他のやり方があっただろうに」という思わざるを得ない。結局、会社も組合員も恩地も誰も得していない。
どうにもフラストレーションが残る。

アフリカから日本に帰った恩地はどうなっていくのか、次篇以降に期待である。 同僚もいない、日本人も少ない、家族とも離れ一人アフリカの大地で
すごすとはどのようなものであろうか？
 自身の身に置き換えたときに主人公の孤独と苦悩がわかる気がする。現在の、JALの状態が予見できる小説です。
この企業風土があるため、改善不可能なのだと思います。戦後からの経済動向や活動などを官・民との係わり合いをうまく表現できていると思います。
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<title>生きがいについて (神谷美恵子コレクション)</title>
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<description>一度通読して、困ったときに読む本です。
どこかに現状を切り開くキーが書かれていると思います。
年間何冊も本を書きちらすような著述者にはない、確かな知性に裏付けられた内容と、
しっかりとした文体には好...</description>
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<![CDATA[
一度通読して、困ったときに読む本です。
どこかに現状を切り開くキーが書かれていると思います。
年間何冊も本を書きちらすような著述者にはない、確かな知性に裏付けられた内容と、
しっかりとした文体には好感を持てます。
何年も前に出版された本であ、専門的には違和感のある部分（心理学も進化していますから）もあります。が、それを上回る魅力が本書にはあります。
是非、ご一読を 「神谷美恵子コレクション」として新たな装丁で出された本です。日本が高度経済成長を経験し、わりと物質的・経済的に豊かになり、少し余裕が出てきた頃に書かれたました。内容については有名なので、詳しく触れる必要はないでしょう。 

 著者は「生きがい」という言葉のあいまいさと日本語的な余韻を含んだ、この言葉の翻訳のないことに触れることから叙述を始めています。そして、生きがいを求める心、生きがいの対象、生きがいを奪い去るもの、また生きがい喪失から新たな生きがいを見出すまでの過程を、自己を抑制した、しかし暖かな文章で綴っています。 

 体系的な構成の本ですが、無機的な研究書ではなく、著者が接した愛生園の人との交流が全体を貫いており、またわかりやすく深みのある文章で書かれています。 

 21世紀の現代においても、なお示唆に読む本、いや預言的な本であると言えます。巻末の坪内祐三氏の“むしろ私は生きがいについて、というタイトルの本に安易に手を出すヤワな読者が嫌いだ”という強烈な書評に戸惑わされます。 読んでみてわかりましたが、これはある意味で的を得た論評です。 なぜならこの本の中で神谷美恵子女史は“生きがいとは何か”という答えを読者に与えてはくれないからです。 これはむしろ当然のことで、人に教えられた生きがいなど、所詮生きがいとはいえないからでしょう。 

当然のことですが、精神学的な分析や叱咤激励など、“生きがい”というものに苦しめられている人にとってはなんの助けにもなりません。 むしろ腹立たしいだけでしょう。 神谷氏は医師であり、不条理なまでに“生きがい”を剥奪されてしまったハンセン氏病患者とともに生きた人です。 そしてこの本の中で彼女は、古今東西の様々な“生きがいを失った人達”の文章や生涯を挙げて、“生きがい”というものの多様性と本質に迫ろうとしています。 もちろん“これが生きがいだ！”と定義できるものなどは見つけられないのですが、その、生きがいを失った人達ととことん向き合い、話を聴こうとする態度そのものに名状しがたい感銘を受けてしまうのです。 “生きがい”が人それぞれのものである以上、他人がそれを与えたり、失ったそれを取り返してあげることなど出来はしません。 しかし神谷氏のこうした生き方そのもの以外に、人に“生きがいを持とう、充実した生を送ろう”と思わせるものもないだろうと思います。 見事な態度であり、立派な本だと思いす。 是非ご一読を。神谷美恵子の優しい視点からつづられた名著。

人間が生きがいを失って、そこから以下に回復していくのか。

ハンセン病の隔離施設であった愛生園での活動から書かれている。

どんなことでもその人が生きがいとすれば、途端に自分の周りの世界が輝きだす。

そのおかげで明日の命も輝く。

本当に何回も読み返したい１冊である。 「平穏無事なくらしにめぐまれている者にとっては思い浮かべることさえむつかしいかも知れないが、世の中には、毎朝目がさめるとその目ざめるということがおそろしくてたまらないひとがあちこちにいる。」これは本書の冒頭部分である。一度でもこのような思いをしたことのある人、現在このような思いを抱いて生きている人などに是非読んでもらいたい。
 最終章で筆者はこう言っている「人間の存在意義は、その利用価値や有用性によるものではない。野に咲く花のように、ただ無償に存在しているひとも、大きな立場からみたら存在理由があるにちがいない。」
 本書は自分の存在価値を認められず苦しんでいる人々の救いになる一冊ではないかと思う。

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<item rdf:about="http://4bookshop.book-reads.com/detail/07/4101104441.html">
<title>不毛地帯 第5巻 (新潮文庫 や 5-44)</title>
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引き込まれる物語であっただけに、あまりにあっけない最後に絶句しました。残念です。色々なことが中途半端なまま物語が突然幕を閉じました。不完全燃焼の一言です。社運と壱岐自身の進退をかけて挑んだ石油発掘事業で、壮大なドラマが生まれてきます。
その個人の人生やいくつもの商社、国内外の政治を巻き込むスケールの大きさに、商社と縁がない私は、ただただ圧倒されるばかりです。

すべてが終わると壱岐は、自分の原点に戻っていきます。とても納得がいくラストです。
と思うと同時に、こんなに強い人、誠実な人って、いるのだろうか、どうしたらこんなふうになれるのだろう…と思いました。
人間の精神的な強さと描く、傑作です。
前半に比べれば後半の石油編はいささかパワーダウン、石油掘削という題材がはたして小説に向くものなのか、はたまた筆者が取り組むにふさわしいものなのかなど多くの読者が疑問を持ちつつ読了するとおもいます、「沈まぬ太陽」第３巻航空機事故編同様にエンジニアリング関連の話題を小説の中の消化するのは筆者の力を超えたものだと判断します、これがもし全盛期のＦ・フォーサイスならはるかに波乱万丈の掘削劇を面白く描写したでしょう、

などなどとは思いながらも、壱岐が向かう終末はどこなのか、そして石油と社内の派閥抗争(筆者の最も得意な話題)を絡めたクライマックスはもちろん娯楽小説の王道です、

終章に向かうにつれて感じたことが、筆者が実は主人公壱岐正にあまり愛着をもっていないような印象を受けたことでした、山崎作品の他の主人公に比べれば壱岐正に関する書き込み方では作者が主人公に注いだ愛情のようなものはしょうしょう薄めと感じるのは私だけではないでしょう、

父親としての壱岐と息子の親子関係の冷え冷えした様が一応の解決は見るものの冷え切ったままに終わる点にとくに壱岐への作者の愛情の薄さを感じるわけですが、おそらく息子の父へのさめた感情は壱岐正の人生を貫く妥協のない「出世主義」への反発であり、壱岐正が山崎作品中でもっとも正体不明の不可解な人物として描写せざるを得なかった「何か」を感じてしまいます、

なお、壱岐がシベリアから引き揚げたと書中で述べられる昭和３１年１２月２６日は歴史上の「最終引揚船到着日」です、壱岐のモデルとなった瀬島龍三が引き揚げたのはその前、昭和３１年８月１９日天気晴れ(自伝「幾山河」による)です、また、秋津中将のモデルとなった草場辰巳中将が服毒自殺したのは昭和２１年９月２０日です、
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<title>沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)</title>
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<description>根強いファンの多い山崎豊子の大ヒット作品。発刊当時、ある人から「絶対に読んではいけないヒドイ本」と言われたことを素直に聞いて遠ざけていましたが、ふとしたことで手にとりました。
第１巻は主人公の恩地元...</description>
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<![CDATA[
根強いファンの多い山崎豊子の大ヒット作品。発刊当時、ある人から「絶対に読んではいけないヒドイ本」と言われたことを素直に聞いて遠ざけていましたが、ふとしたことで手にとりました。
第１巻は主人公の恩地元が不遇をかこつケニアのナイロビで、過去を回想する形でストーリーが進みます。労組の「輝ける委員長」として活躍したものの、その経歴が仇となり、復職後にパキスタン、イラン、ケニアと海外の僻地を転々とさせられる。さらに、執拗に行われる会社からの嫌がらせ。とにかくこれでもかと主人公に災難が降りかかります。
まぁ読み物としては確かに面白いは面白いです。登場人物はみなステレオタイプで、主人公は徹底的に善玉として書かれているし、感情移入もしやすいのでしょう。とくに実在するモデルがいる、ということでなおのこと引き込まれるのかもしれません。
それにしてもこの「小説」は実話もしくは実話に基づく脚色というにはあまりにも大げさな記述が多いように感じます。昭和４０年代という労使対立の時代背景はあれど、準国営企業である大企業がここまで手間をかけてひとりの社員を虐げたり、いかに元委員長とはいえ主人公が一社員の立場で配属のことで社長に直訴するなど考えにくいのですが…。まぁリアリティの欠如を指摘すれば「これはドキュメントではない、事実を『再構成』した小説だ！」と強弁されてしまうのでしょうが…。
読者の皆さんにはくれぐれも世間一般の労働組合や労組役員に対する偏見をもたないよう切に願うしだいです。本書が映画化されるにあたりモデルとされる日航において、社内報か何かで映画に対する批判的な文章を載せていると聞き、どんな内容なのだろうと興味をそそられたのが本書を読んだきっかけだ。
（小説が出版された当時もかなりの論争があったらしい。）

アフリカ篇(上)では、主人公が委員長を勤める労働組合と会社の労使闘争と主人公が僻地への配点命令を出され、そこでの苦難を中心に描かれている。
報復人事への憤り云々は確かにわかるが、学生運動などを経験していない世代である評者にとって、主人公の頑なな姿勢はイマイチ理解しにくいが、小説としての面白さは十分にある。恩地の生き方は、納得いかない。
あえて大変そうに描写しているが、
今の不景気に比べれば、上の下レベル。
義理とか人情とか、家族が泣いてやめてくれというまで
貫くほど組合意識を尊重する理由が薄い。
それほどいやで、ストレス発散に
剥製にされる動物の方が、むごいだろ。

フィクションと見るのか、実話とみるかで
感情が全く変わる作品。
実際、恩地（小倉）が遺族係をしたこともないらしいので
そうすると、4巻以降は、逆に冷めた。

JAL倒産によって、OBの我がままを
浴びるほど理解したので、
日航は、ようするに利権の塊なんだろう。
優待券一つとっても、バブル全盛期はすごかったと思う。

恩地は悔しさで・・・
「おめぇも悪いよ」とマジ突っ込みでイラっとする部分も多い。


 読み終えて実際のモデルとなった航空会社が事実上経営破たんしたことを
考え合わせると、著者の警鐘が何の意味もなかったのではないかと考えさせ
られてしまいました。
 経営破たんという現実から、過去をさかのぼってみるとその誤りがはっきり
とわかるとおもいます。 現在マイ山崎豊子ブームです。「大地の子」を全巻読破してから、「沈まぬ太陽」、「華麗なる一族」、
「白い巨塔」と各一巻を購入し同時並行で読み進んでいます。通勤・移動時間は楽しい読書タイムです。

 どれも外れがないですね。とても女性の筆致とは思えない力強い文体と綿密な取材力に、いつも驚かされます。
さて、今回の「沈まぬ太陽」ですが、現在話題の日系航空会社が舞台ということで読み進めました。

 1960年代から80年代が舞台ですが、現在とは組合の位置付けがずいぶんと違うなと感じました。
「全組合委一律の賃金アップ」というのは、現在は適切な要求ではないと思います。確かに、今回の物語の
舞台の企業と時代であれば、ボトムアップということで意義があったのでしょうが、現在では「優秀な社員」
「普通の社員」「頑張り・能力が足りない社員」と分けて報酬・評価を考えるべきです。

 組合の意義としては、毎年適切な人事評価・査定システムになるように要求・監視していくのが今の時代
の組合だと思います。「世間並み」「業界標準」というのは、私は違和感を感じます。これでは、子供が他
の友達よりも小遣いが少ないと文句を言っているのと同じ次元のような気がします。各家庭の資産や教育方
針、必要な小遣いは異なって当たり前です。

 会社が期待する目標に対しての達成度を持って、給与を査定するのが本来ではないでしょうか。日本の企
業は目標すら細かく具体的に文面化して、フィードバックしていない根本的な問題もあると思います。

 今回、舞台の日系航空会社が破綻をしましたが、組合が強すぎて賃金水準が高く、福利厚生が良すぎたの
が原因の一つだと聞きます。確かに、1巻を読む限り組合の要求がどんどんエスカレートしていくのが分か
り、現在の片鱗があったと感じます。

 組合が強すぎて、会社が倒れてしまっては意味がありません。社員には自分から退社する権利がありま
す。もし、どうしても今の会社の賃金や待遇、人事に納得がいかなかったら、転職すればいいと思います。
70年代は現在と違って、転職のマーケットや文化がなかったのでしょうが、できないこともなかったはずです。

 家族や健康、自分の信念を曲げてでも、会社に残る必要があるのでしょうか？やっぱり、同僚や上司に対
して、自分だけ逃げるわけにはいかないという、面子があったのでしょうか？

 もし、恩地が倒産をしてしまった現在の会社の末路を知ったら、どう思うのでしょうか。話を聞いてみたいと
思いました。
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<item rdf:about="http://4bookshop.book-reads.com/detail/09/4101104433.html">
<title>不毛地帯 第4巻 (新潮文庫 や 5-43)</title>
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<description>舞台は、国内自動車会社とアメリカの自動車会社との提携から、石油発掘へと移っていきます。
元軍人の壱岐は、戦争中軍事力で奪おうとし、結局それが手に入らなかったがために敗戦したという石油を、今度は平和的...</description>
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舞台は、国内自動車会社とアメリカの自動車会社との提携から、石油発掘へと移っていきます。
元軍人の壱岐は、戦争中軍事力で奪おうとし、結局それが手に入らなかったがために敗戦したという石油を、今度は平和的な方法で、日本の国益のために手に入れようと奔走します。
そのためには財閥商社や政治家など、立ちはだかる壁がいくつもあるのです…
3巻までと比べるとスピード感がなくなりますが、その分不透明な中東の石油ビジネスの不気味さととてつもない規模の大きさが伝わってくるようです。

それにしても、副社長の里井の、壱岐に対する嫉妬心のすさまじさは、女の私から見ても考えられないほど醜いです…なんとかなんないかな、このおっさん…
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<item rdf:about="http://4bookshop.book-reads.com/detail/10/4101104425.html">
<title>不毛地帯 第3巻 (新潮文庫 や 5-42)</title>
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<description>レビュウ題のとおり、後半へ進めば進むほど主人公壱岐正はいったい誰と戦っているのか？という疑問が大きくなる、これはとりものなおさず壱岐のモデルとなった元大日本帝国陸軍中佐・大本営参謀の瀬島龍三の生涯そ...</description>
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レビュウ題のとおり、後半へ進めば進むほど主人公壱岐正はいったい誰と戦っているのか？という疑問が大きくなる、これはとりものなおさず壱岐のモデルとなった元大日本帝国陸軍中佐・大本営参謀の瀬島龍三の生涯そのものが放っている胡散臭さを小説化しても消すことができなかったからでしょう(第１巻の私のレビュウをぜひ参照されたし)、

物語の豪快な面白さに糊塗されて見落とされがちだが、作品中で見せる壱岐正の処世術が実に詭弁に満ちたものであり、つまり姑息・狡猾と陰口されても仕方がない面をたぶんに有していることを忘れてはいけないとおもう(絵に描いたような悪役として登場する鮫島の処世のほうが納得できる読者もたくさんいるでしょう)、壱岐正の狡猾さはけっして「正義」や直江謙続がいうところの「義」などには目もくれない出世主義者特有のものともいえ、その人物の属する組織によっては組織の存続自体を危うくする危険極まりないものであることに気付くことも重要でしょう(瀬島龍三の狡猾さのためにいったいどれほどの日本人が犠牲になったかなど興味ある読者は類書をぜひ探られたし)、

山崎豊子が豪快な作風を開花させた白い巨塔や華麗なる一族では財前五郎や万俵一族のような魅力ある悪人たちが登場し、そうあるべき人物がそうあるべき場所で活躍する、といった物語作りの冴えからどんどん無理がでてきるのと感じます、壱岐正のあいまいさは続く恩地元をウルトラ善人として描写せざるをえなかったなにか読者には知りえない圧力のようなものがあるのでしょう、

私は昭和史の許すべからざる人物の筆頭の一人に瀬島龍三をあげるような歴史観をもっています、壱岐正が劇中で見せるような狡猾さを瀬島もかつて帝国陸軍内部で発揮していたことは多くの評伝等の記述から明らかであり、どのような意図を持ってかかれたかはわりませんが本作が瀬島龍三の復権に一役かったという事実だけは大声で批判しておかなければならないと考えます、商社で大活躍の主人公、元軍人の壱岐に、大きな転機が訪れます。
転機はは家庭の中で起こり、その後仕事面で起こります。
舞台は東京から壱岐が社長となって赴任するニュー・ヨークに移り、壱岐は日本の自動車会社とアメリカの自動車会社を提携させるという大きなビジネスにうってでます。
物作りに誇りを持ち優れた技術を持ちながらも営業や経営面でまだ未熟な日本の会社、世界に食ってかかる傲慢なアメリカの会社、国際化に疑心暗鬼ながらも保守主義から移行していく通産省、など、1969年前後の日本社会が抱く葛藤が見えてきます。

ちょうど現在放映されている「官僚の夏」に、似たような雰囲気を感じるのは私だけでしょうか？秋からの唐沢さん主演のドラマが、とても楽しみです。
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<item rdf:about="http://4bookshop.book-reads.com/detail/11/4043083203.html">
<title>遠野物語―付・遠野物語拾遺 (角川ソフィア文庫)</title>
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<description> 日本民俗学の古典として余りにも有名な作品である。文語で書かれた箇所は、今となっては読者を選んでしまうが、文句なしの名文であり、本書は優れた文学作品だとも言える。本書は、遠野の地で語り継がれてきた伝...</description>
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 日本民俗学の古典として余りにも有名な作品である。文語で書かれた箇所は、今となっては読者を選んでしまうが、文句なしの名文であり、本書は優れた文学作品だとも言える。本書は、遠野の地で語り継がれてきた伝説を採集したもので、日本民俗学の端緒と言ってよい。中身自体は、単なる昔話の羅列であり、余りにも素朴で、やや退屈ですらあるが、かつての遠野の風俗や言語を巧みに伝えており、興味深い。私は本書の舞台の一つである早池峰山に登ったことがあるが、本書を読んでからこの地を訪れると、また違った風景が見えてくるに違いない。 遠野物語と遠野物語拾遺を合わせて２９９話の短編集、一話平均約４００字。
 遠野物語は、民間信仰、栄枯盛衰、山中での出来事、妖怪、動物、行事、昔話など素朴な話が集められている。みな懐かしい感じがし、お伽やグリム童話といった説話のような説教じみた堅苦しさはない。話からは間接的に当時の人々の考え方や習俗、道徳観が伝わってくる。古今の文化の変化を考えると興味深い。民俗学の重要な史料となっている事も頷ける。
 拾遺は題名のごとく残りの雑多なものという感じである。たとえば、当時（明治から昭和初期）の流説も混じっているようである。今で言う「口裂け女」「ターボじじい・ジャンピングばばあ」「こっくりさん」のようなもの。これはこれで当時の風俗を垣間見たようで面白い。あるいは、「先祖伝来の、開けると目がつぶれる箱、なるものを今の代の主人がどうしても見たくて開けたら、布が入っていただけだった。」という話では、近代化に伴い、未知に対する畏怖の消失が現れている様で興味深い。
  1909年（明治42年）から1910年にかけて、当時30代半ばの柳田国男氏が、奥州は遠野の人・佐々木鏡石氏（当時24〜25歳）から聞いた土地の人たちの話を採集、筆記した民間伝承譚「遠野物語」。全部で119の短い言い伝えの背後に、深い山や黒い森の景色が見えるような気がした。谷川の清流のさらさらいう音や、凄い風のごおーっと唸る音が聞こえてくる気がした。
神隠しに遭った女の話や山奥の不思議な家「マヨヒガ」の話などあるなかで、格別印象に残ったのは次のふたつの話。
 嫁と姑との仲が悪い家で気が変になった男の話（第11番）。「ガガはとても生かしてはおかれぬ、今日はきつと殺すべし」と言って、草刈り鎌をごしごしと磨ぎ始めるあたりからの成り行きにぞくぞくさせられた。
 もうひとつは、第95番目に置かれた不思議な「石」の話。形の面白い岩などを持って帰るのを趣味にしている庭作りの得意な男（43〜44歳）が、山で遊んでいるうちに美しい大岩を見つけたところが････。
 ほかにも、津波で死んだ妻に遭った男の話や、ヤマハハが娘を喰らいて皮を剥ぎ、その皮をかぶって娘になりすます話などなど、昔話のエッセンスともいうべき怪異譚やら奇譚やらがいっぱい。 あの「共同幻想論」のヒントとなった名著である。 内容は、遠野出身の人物からの聞き書きである。著者による直接取材でないところに民俗学の開拓者としての柳田の限界があるとは言えるが、方法論に対する批判は批判として、ここに収録された伝承群は遠野という「陸の孤島」に封入された特異なものとしての資料的価値以外にも、文学としての独立した価値を十分持っている。 吉本のように、ここから何を引き出せるかを考えるのもよし、古きよき日本の民俗に思いを馳せるのもあり、いろいろな読み方があるだろう。 伝説は日本のどこにもあったはずである。何故、遠野が選ばれたのか。 岩手の奥の方は、今でも、違う時代を封入している感がある。明治であれば、江戸時代以前の名残があったであろう。それだけに、伝説が真実味を持って迫って来たことは想像に難くない。 当時の人の天衣無縫な発想を、柳田國男の簡潔にして鮮やかな筆致が伝えてくれる。 私は岩手の出身であるが、ひいき目ではないと思う。   拾遺の中に、三光楼という遊郭に通った男の屋号が三光楼になった、という話がある。普通では考えられないことである。しかし、遠野市出身のあでやかなる女性、三光楼さんは私の憧れの人であった。遠野にも、この珍しい苗字の家は2、3軒しかないということであったが、実在するのである。三光楼さんが言った。「六角牛山に3雪が降ると遠野の町にも雪が降る」と。通し番号299話までのこの本の、第300話として書き込まれている。     
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<item rdf:about="http://4bookshop.book-reads.com/detail/12/406158135X.html">
<title>妖怪談義 (講談社学術文庫 135)</title>
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<description> 柳田国男が妖怪について書いた文章を集めたもの。初版の発行は昭和31年だが、書かれたのは明治42年〜昭和14年くらい。
 妖怪と幽霊の差、お化けの呼び名、河童、山人、一つ目、天狗などが取り上げられて...</description>
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 柳田国男が妖怪について書いた文章を集めたもの。初版の発行は昭和31年だが、書かれたのは明治42年〜昭和14年くらい。
 妖怪と幽霊の差、お化けの呼び名、河童、山人、一つ目、天狗などが取り上げられている。いずれも民俗学の視点から妖怪を分析したもので、焦点となっているのは妖怪を産み出すような人間の心性と、地域による偏差の問題である。なおかつ、研究途上で書かれたものが多いので、妖怪ファンの人には向かない一冊かも知れない。
 柳田の民俗学が組み立てられていく過程をのぞき込むこととができ、なかなか面白かった。日本の思想史に興味があって、素人の気安さで、ここ数年いろいろと拾い読みをしている。
柳田國男、宮本常一、網野善彦らに代表される民俗系の歴史学は、正史すなわち為政者が編纂した政治史からは読み取れない、信長でも秀吉でも家康でもない、何の変哲もない日常を生きたごく普通の昔の日本人を浮き彫りにする。

本書は書き下ろしではなく、明治の終わりから昭和初年ごろに書かれた、妖怪伝承に関する多数の短い論文を編んだものである。河童、座敷わらし、やまんば、天狗など代表的な日本の妖怪について全国から収拾した伝承を記録するというのが本書の基本的なスタンスである。日本中から蒐集した妖怪の名前リストというのもある。

したがって、天狗や河童がかつての日本人の精神世界の中でどういうポジションを占め、近年の都市化の中でどのようにリアリティを失っていったのか、という察はほとんどない。この点が残念である。また、挿絵ひとつあるわけでなく、単なる妖怪好きという方にとっては、水木しげるの妖怪辞典のほうがよい。（といっても、いまネットでみると既に絶版、古本で6万円近くする。びっくり。）

日本人の精神史という観点でも、妖怪大好きという観点でも、いまひとつ欲しい情報が得られなかった。日本全国の妖怪話を集めて本格的な分析を加えたもの。
一つ一つの話そのものが面白いのだが、それに加えて著者の分析の見事さに
息を呑む事もしばしばで、知的な満足も得られる。

主軸を成している考えは、妖怪とは貶められた古い神々であるというもので、
本書の意義はそうした太古の宗教的な価値観をいささかなりと
蘇らせるところにあると言える。

僕が読んでいて最も楽しかったのは、「呼びかけに応じると背中にずしりと
黄金を背負わされる話」だ。日本全国になぜかこのバリエーションが山ほどあるらしい。
P101「小豆洗い」で『郷土研究』に書かれた他人の意見に対する氏の見解などもあるが、だったら、その文章を引用で示して欲しい。
柳田氏の意見だけではよく分からない。
又、
この本の文章の進み方は、起承転結ではなく、つれづれなるままに、という感じで
「結局何が言いたかったんだ？」
と、もう一度読み直してしまった項もあった。

しかし、
妖怪についての現実的な研究という点では、読むに値するすばらしい著書である。
古事記の神々を歴史に照らし合わせるように
妖怪だって現実の何かがそれを思わせたものだろう。
妖怪についてさらに深く考えさせられる書物であった。昭和３１年に出版されたものの文庫版。 
ザシキワラシ・小豆洗い・天狗等、タイトル通り妖怪についての考察である。 
書き出しのところで著者は、オバケ（化け物）と幽霊を混同する人が多いことを嘆いている。 
その違いは、 

・オバケは出現する場所がたいてい決まっており、避けてそこを通らなければ一生でくわさずに済ますこともできる。 
対して幽霊は、足が無いという説があるにの関わらず、てくてくと向こうからやってきて、狙われるとどれだけ逃げても追いかけてくる。そんなことはオバケにはまず無いらしい。 
オバケは相手を選ばないが、幽霊は特定の人間だけに思い知らせようとする。 

この二点である。 

また、黄昏時はオバケに出会いやすいという。 
古い日本語では黄昏のことをカハタレといい、もしくはタソガレドキと言っていたのは、「彼は誰（カハタレ）」「誰ぞ彼（タゾカレ）」が固定した形らしい（誰かわからないような者に出会う時間帯ということか）。 
そのため黄昏に道を歩く人間が、互いに声を掛けるのは単なる礼儀ではなく、自分が化け物でないということを証明する儀式であったようである。 

各々の妖怪について触れてある箇所ももちろんおもしろい、というかそれがメイン。 
妖怪に興味がある方は是非どうぞ。
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<item rdf:about="http://4bookshop.book-reads.com/detail/13/4101104417.html">
<title>不毛地帯 第2巻 (新潮文庫 や 5-41)</title>
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<description>本巻では壱岐が、大門社長のたくらみで、一緒にアメリカに行き、戦前の同期であった川又と出会い、そこから防衛庁のFXに絡む商戦に巻き込まれていきます。また、壱岐の終生のライバルとなる鮫島も登場。こいつの...</description>
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本巻では壱岐が、大門社長のたくらみで、一緒にアメリカに行き、戦前の同期であった川又と出会い、そこから防衛庁のFXに絡む商戦に巻き込まれていきます。また、壱岐の終生のライバルとなる鮫島も登場。こいつの商売の仕方があくどくて面白い！
本来、軍人時代の人脈を使った仕事はしないと誓った壱岐でしたが、国益を無視した戦闘機の選択を、金ほしさの政治家や官僚たちに左右されることに憤りを感じ、八面六臂の活躍をします。
後半では、一気に時間が7年後に移り、常務に昇進して社長直属の業務本部を統括する壱岐が第3時中東戦争に絡んだ商戦を展開していきます。
同じサラリーマンとしてすごいかっこいいし、何度逆境に陥っても不屈の精神で立ち上がる壱岐は凄いです。警察の取り調べを受けるシーンもかっこよかたったです。
蛇足ですが、本巻で新しく登場する人物のモデルは以下のようです。

東京商事   → 日商岩井
ラッキード社 → ロッキード社
グラント社  → グラマン社

鮫島辰三    → 海部八郎
原田航空幕僚長 → 源田実
貝塚官房長   → 海原治
大川一郎    → 河野一郎
久松清蔵    → 迫水久常
山城防衛庁長官 → 赤城宗徳
三島幹事長   → 川島正次郎
竹中莞爾    → 児玉誉士夫？戦争で大きな傷を心に負った一人の男が、商社マンとして再度国防に立ち向かう。
しかしそこには、やはり利権と欲望にとらわれた魑魅魍魎たちの戦いがあった。

大本営で作戦を立案し、多くの兵を死地に追いやった果て、戦後再度国益に沿った生き方を目指した壱岐にとって、どういう意味を持った戦いだったのだろう。

真の国防、真の国益とは、人命を尊重した戦闘機選択であるという、当たり前の信念の前に立ちふさがるのは、国を己の欲望のために利用する、権力と言う妖怪ども。

自分が命を懸けて戦った国、11年間のシベリア抑留中に望郷の念をあふれさせた国とは、こういう国に成り果てていたのか？そう言う念の中での戦いだったに違いない。

また、勃発した中東戦争を利用した、企業同士の利益のむさぼりあい。

経済戦争とは、人道とはまた違う道を進まなければならないのか・・・・。

戦後の企業にも、腐敗した軍部の縮図が見えるような気がする
壱岐は商社マンになっても、組織をまとめ上げることにすばらしい能力を発揮してます。

第１に目的を決め、目的達成のための方策を考え、実行するための部署を作ること。 
第２に適材適所に人員を配置し、チームワークを組ませること。 
第３はいかなる事態に対しても、迅速に総合力を発揮する機動力が大切であるということだ。 

軍は国家目的を達成するために命令によって兵隊を動かす事ができる。 
企業は自由意志を持った人間の集団であるから、社員が納得し、 
自覚して案件の遂行に持っていかなくてはならない。 

その辺のビジネス書より、ビジネスに役にたつね。
すごい本です。
山崎豊子の戦争三部作の1つで彼女にとっての最長の作。 
主人公は伊藤忠商事の瀬島龍三元会長（元陸軍中佐）がモデルといわれている。 
ドラマ化を機に読み返しており、シベリア抑留が強烈なインパクトだが、一番印象に残るのはこの巻の主人公の親友の空将補の言。 

「俺が防衛庁に入ったのは、警察予備隊以来のマッカーサーの手紙一本で作られた自衛隊を、日本の国民に支持される自衛隊にしたいという理想を持って入ったのだ。 
軍国主義の手先だとか税金の無駄遣いだと非難され、石を投げられる自衛隊では無意義だ。 
どんな綺麗ごとを並べようと独立国として国際社会の中に伍していくためにはどうしても最小限の武装は必要であり、戦争をしない、いや戦争をさせないための役に立つ自衛隊とはどんなものであるか、それを政治家や内局に対して強く訴え、国民にも納得してもらえる自衛隊にしたい。」 

「憲法九条の規定のある日本では非武装中立という強い論議があり、その中で強い防衛力を整備していこうという自分の意見はいつも白い目で見られる。 
しかし戦争の悲惨さは、軍人としてこの前の大戦を経験した自分たちが一番よく知っており、日本が平和国家であり続けることは絶対の理想だ。 
だがそのためにはどこからも手出しをさせないだけの強い防衛力が必要で、日米安保条約が存在していても、自分の国も独立は自分の力で守る義務がある。」 

ドラマでは柳葉敏郎が演じるようだがこの台詞は出てくるだろうか。 
シベリアから帰還後、商社に入社した主人公が初めて大きなプロジェクトを率いて活躍していくのがこの第2巻です。
戦後の日本の再建を目指し、防衛という目的から使う戦闘機を選択するのに、そこには戦闘機の能力や安全性を無視した、欲深い政治家や官僚たちの目論見が働いていることに気付いた主人公の壱岐は、なんとしても国のために目的に見合った戦闘機を国が選択するよう、手を尽くして働きかけます。しかし複数の商社、政治家、そして自衛隊をまきこんだ争いは熾烈を極まり、はらった犠牲も大きくなるのです…
軍人として祖国に尽くし、戦後は軍人であるがために祖国からうとまれる壱岐ですが、国への愛は不変のようです。
国、会社への忠誠心はもとより、壱岐の頭の切れのよさ、ビジネスマンとしての勘とセンスの良さ、判断の早さと適切さにも魅せられるものがあります。
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<item rdf:about="http://4bookshop.book-reads.com/detail/14/4344405145.html">
<title>闇の子供たち (幻冬舎文庫)</title>
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<dc:date>2010-05-29T04:28:59+09:00</dc:date>
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<description>タイの幼児売春、買春の実態を描く、衝撃の内容。

いくら活字だからと言って、酷すぎて、顔をしかめたくなるような、描写が多く、あまりの悲惨さに涙が滲んでしまう箇所もあった。

あくまでも小説なのだから...</description>
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タイの幼児売春、買春の実態を描く、衝撃の内容。

いくら活字だからと言って、酷すぎて、顔をしかめたくなるような、描写が多く、あまりの悲惨さに涙が滲んでしまう箇所もあった。

あくまでも小説なのだから、フィクションは盛り込まれているだろうが、この作家は、表現力が卓越していて、まるで実際に観てきたかのようなリアリティがある。

それは、今作に限らず、「血と骨」、「睡魔」、「夜を賭けて」などでも顕著だ。

面白い小説ではない。
だが、生ぬるい描写を嫌う僕からすれば、梁 石日の小説から暫く離れられなそうだ。
554分の子ども手当申請＝養子縁組の韓国人男性−兵庫・尼崎
4月24日12時16分配信 時事通信


兵庫県尼崎市在住の50歳代の韓国人男性が、
タイで養子縁組したという554人分の子ども手当（年間約8642万円分）を
同市に申請していたことが、24日明らかになった。
市は「支給対象にはならない」と判断し、受理しなかった。
同市によると、男性は22日午前、担当窓口を訪れ、
妻の母国のタイで孤児院などの子ども554人を養子縁組したと説明し、
公的機関が発行したという証明書を持参した。
しかし、市が厚生労働省に照会したところ、「極端に人数が多い」などの理由で
支給対象にならないと回答があったため、受理しなかった。


上のニュースを見る限りタイでは子供売買のブローカーが存在しているようです。
この本ももう少し突き詰めて、
子供売買をしている人間の国籍、そのシステムを追求して欲しかったですね。
そうすれば、こんな事件も起こらなかったでしょう。

以上、上記のニュースを読んで思った感慨です。安易に話を終えないところが問題の根深さを感じさせますね。 

久々に社会派〜な話を読みました。 
そしてリアルタイムのニュースと併せて 
色々考えさせられるものがありました。 
本当にあることなのか。。。？
いやいやフィクションの部分も多聞に及ぶはず。。。
とその真偽は不明であるものの、本書の人身売買や小児性愛など
あらゆる描写のリアルさには驚きを隠せません。

本書に対しては、色んな意見があるのは理解できますが、
どこか遠い出来事と感じていたこういった出来事を、
以前より近くに感じざるをえません。

二度は読めない本作品、少し気分は悪くなるかもしれませんが、
一言一言をかみ締めて読み進めて欲しい。
是非、ご一読を。自分の私見ですが、日本はアメリカ国務省の発表する「TIER PRACEMENTS」というトラフィッキング（人身売買）を調べたデータで、TIRE2というランクです。主要先進国の中で最低ランクです。もちろん日本は売る側ではなく、買う側です。

どうせ、アメリカ国務省の発表だろ！？と、どこまでも信じない人もいるかもしれませんが、規模の大小は判らなくても、日本で行われているというのは事実で、その事実が大切のなのではないか・・・と。

そういったところで、この小説のような悲惨なことが実際に行われているかもしれないという可能性があるわけで・・・。

そういう事を読者に想像させることで、問題への感心を高め、問題を風化させずに、表に出しただけで、この小説の意味はあるんじゃないでしょうか。

日本のことも出ていますが、これは日本を少しでも良くしようという忠告で、逆に感謝すべきなのでは？とか勝手に思ってます。
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<item rdf:about="http://4bookshop.book-reads.com/detail/15/4101104409.html">
<title>不毛地帯 (第1巻) (新潮文庫 (や-5-40))</title>
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<dc:date>2010-05-29T04:28:59+09:00</dc:date>
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<description>岩もあり 
水の根もあれど

さらさらと 
たださらさらと

水の流れる。


死生観を身に纏い、私心のない者。
ひたすら、相場を愛する商売人。
自らの保身のため、依存先を彷徨う者。
出世を生きがい...</description>
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岩もあり 
水の根もあれど

さらさらと 
たださらさらと

水の流れる。


死生観を身に纏い、私心のない者。
ひたすら、相場を愛する商売人。
自らの保身のため、依存先を彷徨う者。
出世を生きがいとする者。
出世よりは、仕事にやりがいを求める者。
信頼できる上司のもとで伸び伸びと仕事をする者。
仕事に光をえてくれた上司のもとで働く者。
世界を駆けて大きな仕事がしたい者。
稼ぐことが何よりも楽しい者。
etc…。

企業人のひとりひとりが、
主人公のように感じることのできる
濃厚な人間ドラマです。

人間を収容する器。
それが企業。

人間と人間。
人間と企業。
企業と国家。

いろいろ考えさせられます。昔、仲代達也の劇場版（？）を観た。
仲代のキャラは形相（メイク）で、その敗戦、シベリア抑留の過酷さを表現していたと思う。

今回、唐沢くん主演によるTV Dramaとシンクロナイズドして、当書に目を通した。
やはり、TVの限界だと思ったのは、当書を読むとよくわかる。

国家（民）を守ろうと、身を挺するポジション、家族だけを守るか？深い課題であろう。

現代社会では武器による殺し合いは、とりあえず日本では発生していない。でも世界ではAfganistan、Iraq, Yemen（タリバン、アルカイダ絡み）などが、発生している。

先進諸国間では、その代わり「経済戦争」が起こっている。

家庭を最低守るだけにするのか？コミュニティー、国家、経済圏を守るかの各々のポジショニングが必要ではないかと、考えてしまった…。

著者の小説は結構読んでましたが、本作はドラマを見て興味を持ち読みました。

1巻の内容は昭和20年〜31年までの期間で、8割がたがシベリアの抑留生活です。過酷という言葉でも表現しきれない凄まじい描写があります。
ドラマでは壱岐が部下に向かって
「極北の流刑地で囚人番号を捺され、地下数十メートルの暗黒の坑内で鶴嘴を持ち、11年間にわたって重労働を課せられた」
というセリフがありますが、1巻の内容はまさにこれです。
主人公壱岐の視点で描かれているのでシベリア以外の日本の政治動向などは一切情報がありません。なので抑留生活がなぜ終わったかという
点については曖昧です。

作者の描く人間ドラマは時代を超えた普遍性があり、エンターテイメントとしても十分面白いし、歴史を知るという点でも知識欲を満たしてくれます。自分もまさか30年も前に書かれた小説にこんなにはまるとは思いませんでした。

蛇足ですが1巻で登場する主要人物のモデルを紹介しておきます。

壱岐正    →瀬島龍三
大門一三社長 →越後正一
里井専務   →中村貞夫

秋津中将   →草場辰巳
谷川報道部長 →長谷川宇一
竹村参謀副長 →松村知勝

実名登場
山田総司令官
秦参謀長
梅津総参謀長ほか極東国際軍事裁判の被告全員本巻において非常に印象深かったのは
@シベリアの雪原、ラーゲリ等の風景
A人間のもろさ、卑屈さ、弱さ
B主人公の強さ
に関する描写である。

@に関しては、淡々とした風景描写が時折入るのみであるが、その記述の少なさ故に、正に「雪が降る音」のみが聞こえるような透き通った冷たい雪原と、その中にポツンと建つ、ラーゲリが想像された。イメージとしては映画「シャイニング」のホテルを取り巻く吹雪のような。

Aに関しては、ロシア人の理不尽さ、それに取り入ろうとする日本人捕虜の卑屈さ、心身供に疲れ果て、逃げる手段として死を選ぶ者の弱さ・儚さ等が秀逸である。読んでいて思わずこちらも力が入ってしまう程、人間社会の描写も素晴らしい。

上記2点のような極限状態に置かれ、主人公は命を削り環境に耐え、周囲のコミュニティの理不尽さに理路整然と立ち向かう。格好良すぎである。また、彼の軍人・参謀としての几帳面さを窺わせるちょっとした小ネタのような描写（机の上は常に片付いている、重要な書類は墨汁でなく、墨をすり、丁寧に書き上げる）等も程好く、自分の仕事を行う上でも、こんな癖は付けていきたいとも思った。

自分はシベリアに拘留されていた当時には全く生まれていなかったので
これほどまでに過酷な状況に直面していたとは想像もつかなかった。当時の軍人の方々に敬意を払いたい。

これほどの体験を現代の日本人も本書を読み、想像するだけでも困難の少ない時代に生きることができ感謝したくなるのではないかと思う。
この体験を乗り越えれば、社会に出て活躍は当たり前のように出来るのではと感じる。


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<title>人間臨終図巻〈1〉 (徳間文庫)</title>
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<description>最晩年と死の様態に特化しているとはいえ要は一種の人名事典なので、取り上げられている人物をよく知らないまま１ページ目から順に読んでいっても退屈するに決まっていますが、気になる人物の項目をちょいちょいと...</description>
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最晩年と死の様態に特化しているとはいえ要は一種の人名事典なので、取り上げられている人物をよく知らないまま１ページ目から順に読んでいっても退屈するに決まっていますが、気になる人物の項目をちょいちょいと拾い読みしていけばやはりそれなりに面白いものです。自然は芸術を模倣すると言ったのはワイルドですが、見巧者がこんなふうに切り取るだけでたくまずとも文学を現出させることはできるのですね。しかも人の死にまつわるエピソードをこれだけ続けて見せつけられると、次第になにか粛然とさせられる思いがしてきます。ときとして満腔の憤怒を、皮肉を、侮蔑を、諧謔を込めながら、簡潔ゆえに抑制が効いて見える筆致もいいですね。通説中心で引用も少なくない点は、考えてみればウィキペディアのスタイルに似ていなくもありません。
第III巻の最後に五十音順の人名索引があって便利なので、やはり全巻まとめて買うのがよいでしょう。
それにしてもこの人はつくづく世間と人間が好きな人だと思いますね。劇団ひとりも言ってます。「否定を３回続けると肯定になるんですよ。（相手に、私のこと好き？ と言わせておいて）
『好きじゃない、好きじゃないよ。…好きじゃない』」死ぬのは嫌だと思うためこの本を読んで欲しい。
風太老翁は、
多くの著名人の臨終の姿を書きながら
何度自分の死を思っただろうか。

理想的な死などあるわけはなく
死ぬのは嫌だと思うのみである。

死んでもいいなどとは思わないことである。

死を選ぶ人のことに思いを致し、少なくとも、
自らは死を選ばないことである。こんな凄い人まで、空しい死に方をするんだなあと絶句。もう山田太郎にはビックリですよ。生きる事と死ぬ事をここまで綺麗に、かつ知識的に羅列できるなんてもう900人にもおよぶ人間の生と死。見えないはずの分厚い壁に、圧倒的迫力で迫られた気分ですこれはワンピースとともに私の人生のバイブルになりそうですあるエンディングノートの巻末に「著名人死亡年齢一覧」が付録として付いており、それがあまりにも興味深く、人間の享年というものに関心を持った。そこで本書を読んだわけだが、非常に感動した。その人間の価値は死に様に表われると思った。こ第１巻では、比較的、若死にした人々が登場するが、本来はもっと生を得て歴史に跡を残すはずの人々の無念の最期に心を揺さぶられずはおられない。本書は、われら凡人が生き生きと生きるための必読書である。
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<item rdf:about="http://4bookshop.book-reads.com/detail/17/4101047022.html">
<title>日本の伝説 (新潮文庫 や 15-2)</title>
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<description> 1929年にアルス社から出た『日本神話伝説集』の復刊。
 子ども向けに出版されたものだが、とても子ども向けとは思えない。「片目の魚」、「山の背くらべ」など、日本全国に共通して見られるモチーフをいく...</description>
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 1929年にアルス社から出た『日本神話伝説集』の復刊。
 子ども向けに出版されたものだが、とても子ども向けとは思えない。「片目の魚」、「山の背くらべ」など、日本全国に共通して見られるモチーフをいくつも紹介し、解説を加えている。学術的な内容。
 また、『日本の昔話』の姉妹編とされるが、内容・体裁はかなり異なっている。『日本の昔話』は、物語集の体裁をとっているが、本書はそうではない。行われているのは伝説の分類・分析なのである。読み物としての楽しみ方は出来ないと思う。
 とはいえ、日本の伝説について考えるうえでは、非常に刺激的な一冊。どうして日本の各地に似たような伝説が残っているのか。柳田が示してくれる分析は実に興味深い。
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<title>さぶ (新潮文庫)</title>
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<description>才次のことがきっかけになり、この寄場にいる人間がみな、世間からのけ者にされた、という事実に気づいたのだ。ここにいるのは自分のなかまなのだ。世間のやつらは敵だが、この寄場にいる者は自分と同じように、世...</description>
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才次のことがきっかけになり、この寄場にいる人間がみな、世間からのけ者にされた、という事実に気づいたのだ。ここにいるのは自分のなかまなのだ。世間のやつらは敵だが、この寄場にいる者は自分と同じように、世間から痛めつけられ、騙されたりぺてんにかけられたりしたのだ。

 栄二は、寄場でたくさんの人と出あう。「あらゆる物事を、金銭の高で評価する癖」を持つ、万吉。口は悪いが、ほんとは優しい「赤鬼」。周囲からは、「手に負えない乱暴者」と恐れられるが、ほんとは「極めて温和しい小心者であり、愚かしいほど善良」な清七。……そして、岡安。

「おまえは気がつかなくとも」と岡安は一息ついて云った、「この爽やかな風にはもくせいの香が匂っている。心をしずめて息を吸えば、おまえにもその花の香が匂うだろう、心をしずめて、自分の運不運を考えるんだな、さぶやおすえという娘のいることを忘れるんじゃないぞ」


 本書には石川島の人足寄場のシステムの説明があり、そのシステムに感心した。一方で、システム、形式だけではダメだ、ということも感じた。

本式にやってもらうより、たとえへたでも祝ってやろうという、友達の気持ちのほうがよっぽど有難い、万さん有難うよ


 さぶの名前が、三郎、であることが明かされるのは、小説の終盤に登場する、おせえによってだ。このように、さぶは、前面にはあまりでてこない。自己主張が、薄い。作者は、自己主張の薄いさぶに、しいて物語を語らせることをよしとしなかった。栄二の視点に寄り添いながら物語を語り、さぶの魅力を浮き彫りにさせた。

 れいによって、まとまりのないレヴューになった。現物をご確認のほどを。
えっ、この本は「えいじ」が主役なの？ 読み進めているうちに疑問に思っていましたが、読み終えてなるほどと納得。「さぶ」がいてこそ、英二が存在する。「さぶ」がいてこその作品でした。英二が罪をきせられて心がかたくなになっていくのが「さぶ」と対照的に描かれています。というか、「さぶ」はぶれない人間なのです。読終わり、「友」のありがたさをしみじみと実感させられました。 先ず、「山本周五郎」先生の名を耳にしてご想像されるのは、多くの方々は『樅の木は残った』ではないでしょうか。私もご多聞に漏れず、『樅の〜』を思い浮かべた一人です。

 然しながら、本作『さぶ』も、『樅の〜』に負けず劣らずの一級品と断言出来ます。

 内容をご一読されると、間も無くお分かりになることと思いますが、表舞台の主人公は、三郎こと、「さぶ」の同輩である栄二で、それを陰で懸命に支え、支えられするのが、「さぶ」という流れで、お話は進みます。「さぶ」は、裏方役の主人公という設定と言っても、良いかも知れません。

 二人は、表具師です。

 その栄二が、云われ無き理由で、奉公先と馴染みの仕事先から咎を受け、遂には、二十三〜二十五歳のあしかけ三年間、かの、松平定信の「寛政の改革」時代に盛んであった『人足寄場』にて、艱難辛苦を味わいつつ、見事に逞しく成長する下りが出て来ます。

 さて、ここでも、裏方「さぶ」や、栄二の（半ば）許婚の「おすえ」、栄二を恋い慕う、飲み屋の女中「おのぶ」が、陰日向となって、栄二の凝り固まった怨念の心を解きほぐそうと、懸命に奔走するのです。

 周五郎先生の人間描写に関する図抜けた才覚は、もはやここで取り上げることは無いでしょう。本文のそこここに、人間の持つ心の美しさと、相反する醜さが相俟って、見事としか表現しようのない筆さばきです。

 これは、余談ですが、私のハンドル・ネーム「しゅう。」は、周五郎先生の「周」から頂戴致しました。母が、名付けてくれました。母と私の心の絆を結ぶ、周五郎先生の『さぶ』。

 人が生きるとは何か。まさしく、人生の、教科書であります。学生時代以来、二度目の「さぶ」である。
そのときは、読後泣けて泣けて仕方なかった。
当時の自分が置かれた状況なども影響しているのだろうが、
本当のところ、なぜあんなにも泣けたのかはわからなかった。
その理由を求めての、二度目の「さぶ」である。
今回は泣かなかった。
ただし、大泣きした理由はわかったような気がする。
「人が生きる」ということの困難さ・困難さの逆の幸福・友情・我慢など
「生きる」上でのすべてのことがこの本に詰まっているからだろう。


今風に言えば、サブも英二もいわゆる「負け組」であるが、
「負け組」にも人生はある。
まっとうに生きていれば、何人たりとも恥じることはないと教えてくれる作品である。


人によっていろいろ感じることがあるだろうが、
私にとっては、小説の教科書とでも言うべき作品である。
もし続編があったとしたら、主要登場人物４人の幸福を願わずにはおれない。山本周五郎さんてほんと文章上手いよね〜。スラスラ読める。言葉もきれい。
さて、本作「さぶ」。題名はさぶだが、主人公は栄二。この栄ちゃんがかっこいいんだよねぇ。やるときゃやるぜって感じで。
そして、さぶがいい奴なんだ。これが。
厚いけど、難なく読める。
個人的には『柳橋物語』の方が好き。
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<item rdf:about="http://4bookshop.book-reads.com/detail/19/4167556049.html">
<title>大地の子〈4〉 (文春文庫)</title>
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<description>すでにこの本が書かれてから20年以上が経ったとはいえ、現代中国(20世紀後半)の文化や生活の様相を
随所に垣間見ることができる。
支那(中国)というのはやはり広大な領土を有する国であり、その一部を見...</description>
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すでにこの本が書かれてから20年以上が経ったとはいえ、現代中国(20世紀後半)の文化や生活の様相を
随所に垣間見ることができる。
支那(中国)というのはやはり広大な領土を有する国であり、その一部を見て全体を見たように思うのは
まさに群盲、象を撫でるのたとえであろう。

浮気を続ける夫であるとはいえ、妻が夫の行状を国家に密告する共産主義体制の恐ろしさ。
どんな場所であろうと盗聴されていることを前提として話をしなければならない政治家たち。
社会主義体制の国で暮らすということはこんなにも不自由なものなのかと改めて認識させられた。

高潔な人格をつ陸徳志、どんな状況下でも最善を尽くそうとする陸一心。妹との出会いと別れ。
残留孤児といわれる方々の実態も生なましく描き出されている。中国と日本の歴史の認識って全然違うよね…一度、中国人と話してみたいってすごい思った。普通におもしろいか読んでみ! 波瀾万丈の壮大なストーリーが予想通りに展開して、まるで漫画みたいだと思いながらも随所で思わず涙してしました。現実味が希薄ですが、娯楽読物として面白かったです。 

 満蒙開拓団、文化大革命、残留孤児の問題を身近に届けた功績は大きいと思います。読了。

嗚呼。。。重い４冊だった。。。

日中戦争、文化大革命、労働改造所、
日中国交正常化、日中合作プロジェクト、残留孤児。。。

自分が未だ子供のころ、中国残留孤児の問題がＴＶで
毎日のようにやってましたが、この本で描かれているような
複雑な背景があったとは。嗚呼。。。

ちなみに著者は中国残留孤児の「残留」はおかしいと。
「残留」だと意思を持って残っているようなニュアンスに
とられるが、実際はそういう意思はない。政府の責任逃れ
のための言い方だとしています。正しくは「戦争犠牲孤児」
だと。 切り取られた、というより抉り取られて残った歴史の一部を描いた小説、と表すべきか。満州軍遁によって中国に残された日本人残留孤児が、本人の努力でその出自と相対していく物語。一部、偶然に力を任せたのでは、と思わせながらも、徹底した取材力に基づく話の流れが自然に頁をめくらせる。 日中関係が良好な時、険悪な時に限らず、いつ何時でも読まれるべき作品。
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<item rdf:about="http://4bookshop.book-reads.com/detail/20/4167240157.html">
<title>犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日 (文春文庫)</title>
<link>http://4bookshop.book-reads.com/detail/20/4167240157.html</link>
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<description>いろんなところで発表された原稿をくっつけている
感があるため、ところどころ内容が重複するが、
父親としての柳田氏の赤裸々な思いが吐露されているし、
脳死や臓器移植の問題についても、とてもリアルな
感...</description>
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いろんなところで発表された原稿をくっつけている
感があるため、ところどころ内容が重複するが、
父親としての柳田氏の赤裸々な思いが吐露されているし、
脳死や臓器移植の問題についても、とてもリアルな
感覚でこちらが考えさせられる構成になっている。神経症(対人恐怖症)の苦しみから自ら命を絶ってしまった柳田洋二郎さん25歳。 彼の生きた証は一生忘れない。  残念な点がこの本にはあります。  というのも父である柳田邦男氏が息子の死という悲しすぎることの記述と同時進行をして専門にしておられる脳死についてあれこれ考察記述をしてしまう………。  この本はあくまで洋二郎さんの死へのレクイエム、洋二郎さんの25年はなんだったかどう生きたか。生きた証を本筋にすべきなのではなかっただろうか。 もし洋二郎さんが生きていたならば現在42歳ぐらいでしょうか 尾崎豊や爆笑問題、太田光などとたしか同じ世代だったと思います。 洋二郎さんが作品を仕上げ世にだしいち作家として太田光と文学談義を交わすえをみてみたかった。  ★でありますが、 本自体には5つつけたいのですが柳田邦男氏の脳死の視点は個人的には不要だと感じたので−★です。  しかし素晴らしい本です。間違いありません。柳田邦男は父親として大変な苦しみ悲しみ書くにかけない悲痛たくさんあったと思います。  そして最後に今は亡き柳田洋二郎さんのご冥福をお祈りします。父は書いた。息子が抱いていた「一人の人間が死ぬとその人がこの世に生き苦しんだことすら、人々から忘れ去られ、歴史から抹消されてしまう絶対的な孤独―究極の恐怖心」をとりのぞくために。

東大卒、ＮＨＫの記者という経歴を持ついわゆるエリートの著者が、神経症を患った息子の自殺を経験し、今まで得てきた科学的知識は何も役立たないことを思い知らされた。
悲しみを乗り越えて、理性的に綴っていく姿は、作家という業という言葉だけでは片付けられない。
親族はじめ、周囲の反撥も相当のものであったと思われる。

「誰の役にも立てず、誰からも必要とされない存在」となっていることを非常に悩んでおり骨髄バンクに登録していた息子の気持ちを察して、父は脳死になった息子の骨髄移植できないかと考える。実際には脳死患者からの骨髄移植は不可能であったが、担当医師の提案により、腎臓移植をすることとなる。その姿に影響された医師も出てきたことに著者は胸を熱くする。

しかし、それまで偏見を持たれ、タブー視されてきた心の病をもつものが、人より純粋で傷つきやすいだけなのだということで、注目されるようになってきたということにも十分この本を書かれた意義があるだろう。今の医療業界のマンパワーでは難しいことかもしれませんが、患者の死が三人称の死ではなく、二人称の死であるべきだという理想を抱かせてもらいました。
死への物語作りというのは様々な人の協力の下にしかできないと思うので、医療業界の人材不足が解消されることを期待します。自殺者の数は年間３万人。その３万人の一人ひとりの人生は
それは壮絶で悲しみに満ちたものだろうと思う。
その一人の姿をいやと言うほど見ることが出来る。
救おうとして助けられなかった者の慟哭も。
氏はこの本を書くとき、編集の静止も聞かず、どんどんとページを増やし
書き連ねてしまったと言う。書かずにはいられなかったのだろう。
何が原因か、誰が悪か、そんなことどうでもいい。
今まさに死のうとしている人が居る。どうすればその絶望から救うことが
できるのか。
自殺など遠い話しのことと思っている人ほど読んで欲しい。
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